葵祭 |
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葵祭 |
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〜京都の祭〜
葵祭ここでは「京都三大祭」のひとつ葵祭を紹介します。 長い歴史の中で、祭りの伝統は、京都の暮らしの中にしっかりと根付いています。 葵祭は上賀茂、下鴨両神社の祭礼であり、祇園祭、時代祭と並んで「京都三大祭」のひとつに 数えられていますが、時代祭は明治28年に建った平安神宮のために始められたもの、 祇園祭は町衆参加の町の人が主体となる祭りということで、平安時代以降、「祭り」といえば葵祭の ことをさしていました。葵祭こそが京都の祭のなかの祭なのです。 起源は、今から約1400年前、欽明天皇の時代、鴨の神の祟りから暴風雨が続き、凶作に見舞われ 飢餓疫病が蔓延した時、天皇が勅使をつかわし祭礼を行ったのが起源とされています。 応仁の乱の後、元禄6年(1693)までの約200年の間、また、明治4年(1871)から明治16年(1883)、 昭和18年(1943)から昭和27年(1952)までの間は、祭の中断や行列の中止がありました。 葵祭は5月15日に行われ、「宮中の儀」「路頭の儀」「社頭の儀」の三つからなっています。 祭のハイライトは「路頭の儀」(都大路の行列)で、勅使をはじめ検非違使、内蔵使、山城使、牛車、 風流傘、斎王代などが、10時30分、京都御所の建礼門を出発します。 総勢500名余、馬36頭、牛4頭の王朝風の優雅な長さ1qにも及ぶ行列で、通過するのに、 およそ1時間かかります。下鴨神社では「社頭の儀」を行い、休息の後、上賀茂神社へと 向かいます。到着は3時30分ごろ。 新緑のころ、景観と行列が一体となる、華麗な王朝絵巻〜葵祭〜を楽しんでください。 「葵祭」当日のながれ 10時30分頃 京都御所にて「進発の儀」を行い、「路頭の儀」の祭列が京都御所正面の建礼門前 から出発します。丸太町通〜河原町通を通り、下鴨神社へと向かいます。 正午前 下鴨神社に到着した後、「社頭の儀」を行います。 「社頭の儀」とは両神社の社頭で行われ、御幣物を献じ、御祭文を奏上した後、 二頭の馬が舞殿を三度回る牽馬や、舞人による東遊びなどが厳かに行われます。 14時過ぎ 下鴨神社を出発し、北大路通から賀茂川畔の街道を通り、上賀茂神社へ向かいます。 15時30分頃 上賀茂神社に到着します。再び「社頭の儀」が行われ、 馬が勇壮に駆け抜ける「走馬の儀」で、壮麗な祭りを締めくくられます。 また、15日の葵祭に先立って、さまざまな神事が行われます。 3日 流鏑馬 馬で走りながら、馬上から的を弓で射ぬく行事。祭の平穏無事を祈る神事として 行われます。 公家装束(束帯)の射手が糺の森の馬場を駆け抜け、「インヨー(陰陽)」の 掛け声と共に、100mおきに3箇所に立てられた的を射抜いていきます。 明治2年(1869)東京遷都祈願行幸以降中断していましたが、昭和48年下鴨神社式年遷宮の 記念行事として復活しました。 4日又は上旬の日祝 斎王代女人列御禊神事(さいおうだいにょにんれつみそぎのしんじ) 葵祭のヒロイン、斎王代以下女人列に参加する40名が身を清めます。 十二単を着た斎王代が、神社の川に手を浸して身を清める御禊を行います。 上賀茂神社と下鴨神社で1年交代で行っている神事です。 5日 武射神事 弓矢を使って葵祭の沿道を清める魔よけの神事です。 馬上の流鏑馬に対して、地上で矢を射ることに由来しています。 競馬会神事(くらべうまえしんじ) 上賀茂神社は競馬発祥の地とされており、2頭の馬が競い合います。 12日 御蔭祭 祭の前に神霊を下鴨神社に迎える重要な神事で、神々しい風景です。 烏帽子、狩衣姿の神職や氏子達が、御陰神社から神霊を迎えます。 ![]() |
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